2021.06.04 PowerSDR ANAN-8000DLEで FT8 デジタル通信
太陽黒点サイクル24が2019年12月に終わり、サイクル25が始まりました。 まだ黒点数も20前後の状況では地球の裏側のアマチュア局の信号は殆ど聞こえません。 長距離交信が低調な現状ですが、微弱信号でも通信ができるFT8デジタル通信は長距離交信がにぎわっています。
「ANAN-8000DLE デジタル通信」でインターネットを検索しても全く情報がありません。 IC-7610と同類のSDRトランシーバーなので、そんなに難しいことはないはずですが、パソコンのなかでトランシーバーソフト PowerSDR mRX PSとデジタル通信ソフトWSJT-Xを繋ぐ方法が全くわかりません。
ANAN-8000でのデジタル通信を一旦棚上げし、IC-7610 を使ってデジタル通信を始めました。 2021年2月から初めたデジタル通信の威力はすさまじいもので、5月末までにDXCC100アワードを達成しました。 その顛末をブログ
コロナ禍時代 海外旅行に代わる余暇の過ごし方
で紹介しています。
IC-7610での経験をもとに、再度ANAN-8000DLEのデジタル通信に挑戦しました。以下はその記録です。
トランシーバーとWSJT-Xは3本の信号線でつながっている
旧来のアナログトランシーバーとWSJT-Xはケーブル3本でつなぐ
トランシーバーとパソコンにインストールしたプログラム(WSJT-X)とを3本の信号線で繋ぎ、SSB信号でデジタル通信を行います。 このブロック図はアナログトランシーバーの場合です。
- 受信したSSB電波はアナログオーディオ信号となりスピーカー端子からパソコン内のサウンドカードでAD変換されWSJT-Xに送られて、文字にデコードされて、ディスプレーに表示されます。
- 送信メッセージをWSJT-Xで入力すると、サウンドカードで、DA変換されアナログオーディオ信号となり、マイク端子に送られ、トランシーバーでSSB信号としてアンテナから送信されます。
- CATケーブルはトランシーバーを制御する信号線です。 送受信の切り替え、使用する周波数の設定、送信出力の調整などWSJT-Xがトランシーバーを制御してデジタル通信の操作をします。 トランシーバーが持っているCAT装置に合わせてアナログオーディオ信号、あるいはデジタル信号でつなぎます。 CAT機能を持たない旧式のトランシーバーでもPTT端子を使うことで送受信の切り替えをWSJT-Xソフトが制御し、その他の周波数設定や出力調整は人がトランシーバーを操作する事で(おそらく)デジタル通信を出来るはずです。
IC-7610はWSJT-XとUSBケーブル1本で繋ぎデジタル通信をする
IC-7610はSDRトランシーバーです。 トランシーバー内にSDRソフトを持っており、CW変調、SSB変調やFM変調はソフトでデジタル的に行います。 このため、デジタル通信ソフトとの親和性は大幅に上がり、パソコン内のWSJT-Xソフトとの連携はUSBケーブル1本で3種の信号を処理しています。
USBケーブルを利用してCAT制御をするため、IC-7610専用のUSBドライバーをパソコンに組み込んで置きます。 受信したデジタルオーディオ信号、WSJT-Xで作られたデジタルオーディオ信号、CAT信号がUSBケーブル一本で処理されます。
ANAN-8000DLEはパソコン内の仮想オーディオケーブルでWSJT-Xと繋ぎデジタル通信をする
ANAN-8000DLEはSDRトランシーバーですが、SDRソフト( PowerSDR mRX PS )はパソコン内にあります。 パソコン内には必要な3種の信号があるので二つのソフトの三種のインターフェイス間をそれぞれ仮想オーディオケーブルで繋ぎデジタル通信を行います。
パソコン内で処理する仮想オーディオケーブルとは? それを使って繋ぐインターフェイスはどこに?
さて、パソコン内のSDRソフトなので、仮想オーディオケーブルを繋ぐインターフェイスがどこかにあるはずです。なかなか見つからなかったが、ブレークスルーはPowseSDR mRX PSのコンソール画面で赤い矢印のボタン【VAC1】に気づいてから。
【VAC1】はEugene Muzychenkoが開発した"Vartual Audio Cable"と言うソフトウエアに由来しているようで、まさに仮想オーディオケーブルのインターフェイスを有効にするボタンでした。隣には【VAC2】というボタンもあります。
2つの別個のハードウェア オーディオ インターフェイスを相互に接続するのがオーディオケーブルですが、異なるサウンド対応ソフト間で相互に通信できるようにするソフトウェア アプリケーションがあたかもケーブルで接続したように機能しているので、そのようなソフトウエアを仮想オーディオケーブルと呼ぶようになりました。
PowerSDR の【VAC1】と「VAC2】
ANAN8000DLEは独立した受信部 RX1のデジタル入出力インターフェイスが VAC1 で、受信部 RX2 の入出力インターフェイスが VAC2 となっており、クロス使用は出来ません。 また VAC1/VAC2 とコンソール画面のオーディオ操作ボタンやスライダーとは次のような関係があります。
- MUTE ボタンは VAC オーディオには影響しません。
- マスター AF スライダーは、VAC オーディオには影響しません。
- MIC (ゲイン) 設定は、VAC 入力には影響しません。
- VAC1/VAC2それぞれRxゲイン、Txゲインスライダーがコンソール画面に表示されます。
- 他のすべてのオーディオ処理 (COMP、EQ、DEXP、レベラー、CFC、CESSB、ALC など) はVAC オーディオで機能します。
設定のヒント1 PowerSDR mRX PS のオーディオ内部サンプリングレートは48KHzなので、インターフェイスの形式を2チャンネル、16ビット、48000Hz(DVD品質)に調整すると、PowerSDRがサンプリングレート変換をする必要がなくなります。 WSJT-Xも内部で16ビット、48000Hzを使っています。
設定のヒント2 MMEドライバーを使う。 MMEドライバーはWindowsの標準ソフトですが、インプットとアウトプットに多少遅れがあります。 SSB交信、WSJT-Xでのデジタル通信は数百ミリ秒程度の遅れは全く問題になりませんのでMMEドライバーで不都合は起こりません。
しかし、二つの音源を合わせたり、映像と音を合わせるような場合で遅延がクリティカルな場合はASIOサウンドドライバーが好ましい。 ただ(私が確認したわけではないが)ASIOドライバーはVAC1あるいはVAC2のどちらか一方に使うことはできるが、両方に使うことが出来ない制限があるようです。
Virtual Audio Cable ソフトウエアの組み込み
バーチャルオーディオケーブルソフトウエアーをパソコンに組み込みます。 次の2つのソフトウエアを使いましたがいずれも問題なくうごきます。
Virtual Audio Cable(VAC)
VACという言葉を作った本家のソフトウエアです。 無料版は仮想ケーブル1本が作れ、全ての機能が使えます。 家庭用の有料版はUS$30.0ですが、256本の仮想ケーブルを作れます。
VB-AUDIO Software
無料版は仮想ケーブル1本が作れ、全ての機能が使えます。 追加のA+Bの2本が5UD$、さらに追加のC+Dの2本が5US$まで。
今回、仮想ケーブルが2本必要だったので、Virtual Audio Cable(VAC)無料版とVB-AUDIO Software無料版を組み込み、2本を同時に使いましたが、競合して使えない事態はありませんでした。
PowerSDR mRX PS で VAC1 をセットアップ
バーチャルオーディオケーブルソフトのパソコンへの組み込みが終わったので、PowerSDR mRX PS のVAC1を設定します。 コンソール画面の SetUp から Audio タブ、⇒ VAC1タブと順に開きます。
- Enable VAC1 にチェックを入れる。 ⇒ これでVAC1が有効になる。
- Driver MMEを選択する。 ⇒ WSJT-Xでデジタル通信するにはWindows標準ドライバーで十分
- Input バーチャルオーディオケーブルの一つを選択する(=繋ぐ)。 ⇒ ここはANANのマイクラインインプットでWSJT-Xからの送信オーディオを受けます。
- Output バーチャルオーディオケーブルの一つを選択する(=繋ぐ)。 ⇒ ここはANANの受信オーディオのアウトプットでWSJT-Xへ送ります。
- Sample Rate 48000を選択 ⇒ ANANの内部標準と同じレートにし、無用な変換遅れを避ける。
- Gain(dB)Rx 0 にセット ⇒ ANANの受信オーディオラインのレベルに合わす。
- Gain(dB)Rx 0 にセット ⇒ ANANの送信オーディオラインのレベルに合わす。
WSJT-Xのオーディオ入出力をセットアップ
PowerSDR側のオーディオ入出力を仮想オーディオケーブル経由でWSJT-Xの入出力に繋ぎこみます。 WSJT-Xのメイン画面から 【設定】⇒【オーディオ】タブとして下の画面を開きます。
- サウンドカード 【入力】に PowerSDRのOutputを繋いだ仮想オーディオケーブルの反対端を繋ぎこむ。
- サウンドカード 【出力】に PowerSDRのInputを繋いだ仮想オーディオケーブルの反対端を繋ぎこむ。
ブロック図ではこんな感じ。
最後はCAT制御に使うCOMポートを準備する
PowerSDRのCAT設定先はCOMポートです。 パソコン内部で仮想COMポートを作る事が理想です。 最もポピュラーな仮想COMポートに COM0COM があり、Windows10以前のOSを使ったパソコンではCOM0COMを使った仮想ポートを利用していたようです。 しかし、Windows10の厳重な安全管理の外に追いやられて、現在は x64 Win10ではCOM0COMをインストールすることは出来ない事態となっています。 Com0Comの最新バージョン3.0.0.0の説明には「Win10のデフォルト状態では x64版COM0COMはインストール出来ない。 どうしてもインストールしたかったら、Windowsのセキュリティーを管理者権限で外してからであればインストール出来る。」と記載されています。 一方Windows10のヘルプには研究用パソコンであれば管理者レベルでセキュリティーを外す方法が記載されているので、COM0COMドライバーをインストールできるのはウソではありません。 しかし研究目的ではない通常利用のパソコンなので、COM0COMドライバーをインストールすることを私は薦めません。 Windows10のセキュリティーを優先し、COM0COMの利用はあきらめました。
安全で確実な方法として私はUSB-RS232C変換ケーブルを使ってCOMポートを2個パソコンに追加しました。 変換ケーブルをUSBポートに挿入するだけて、必要なドライバーが自動的に追加され、その他には何もしなくてもCOMポートとして認識されます。 ポイントは RS232C COMポートが2個以上ついた変換ケーブルとRS232Cクロスケーブルを使うことです。 ソフトウエア【A】のオーディオ出力はRS232Cの片方のCOMポート【X】に送られ、クロスケーブルを通りもう一方のCOMポート【Y】に到達しパソコンのソフトウエア【B】の入力に伝わります。
RS232C変換ケーブルをUSBポートに挿すと、パソコンは自動的に認識して、デバイスマネージャーにCOMポートが表示されています。
これでCAT設定の用意が出来ました。
ANAN8000のCAT制御ポートをCOM7に設定する
PowerSDR mRX PS のコンソール画面の設定タブ⇒CAT Controlタブと選択し、CAT設定をします。 RS232Cクロスケーブルを繋いだポートをANAN側がCOM7、WSJT-X側がCOM8として説明します。
- CAT ControlのPortをCOM7にセット。 ⇒ WSJT-XのCAT信号がPort8からPort7経由でANANに伝わる。
- Baudを 9600 にセット ⇒ WSJT-X側も同じBaudにします。
- Partyを none にセット ⇒ WSJT-X側も同じく none にします。
- Dataを 8 にセット ⇒ WSJT-X側も同じく 8 にします。
- Stopを 1 にセット ⇒ WSJT-X側も同じく 1 にします。
- 右側のID as: 項目で PowerSDR (ANAN8000DLEのIDです)を選択します。
- 最後に Enable CAT をマークします。 ⇒ これでANAN側のCAT設定はロックされます。
この設定は送り側と受け側の設定値が同一であれば良いので、ICOMの設定と同じにしてみました。
WSJT-XのCAT制御ポートをCOM8に設定する
WSJT-Xのメイン画面で設定タブ⇒無線機タブを選択し、CAT制御の設定をします。 WSJT-X側のRS232CポートをCOM8として説明します。
- 無線機を FlexRadio/ANAN PowerSDR/Thetis にセット ⇒ ANAN8000DLEのCATコマンドを使えるようになりました。
- シリアルポートを COM8 にセット ⇒ WSJT-XのCAT信号がCOM8、クロスケーブル、COM7を経由してANANに伝わります。
- ボーレートを 9600 にセット ⇒ ANANに合わせます。
- データービットを Eight にセット ⇒ ANANに合わせます。
- ストップビットを One にセット ⇒ ANANに合わせます。
- ハンドシェイクを なし にセット ⇒ ANANに合わせます。
- PTT方式を CAT にセット ⇒ ANANではPTT方式を使わない(すなわち暗黙でCAT方式にする)にあわせます。 表示のポート(COM1)はCATでは無効扱いです。
ANANとPowerSDRが稼働していると、【CATをテスト】ボタンを押し、ボタンの色が緑に変わればCAT制御が成功しています。 交信するバンドをWSJT-Xで切り替えると、PowerSDRのコンソール画面でバンドが切り替わっているのが確認できます。
【PTTテスト】ボタンをおすと、ボタンが赤色に変わります。 【PTTテスト】ボタンを押したとき、電波出力はゼロですがトランシーバーが送信状態になっていますので確認してください。 再度【PTTテスト】ボタンを押すと、白色に戻ります。 【CATをテスト】を押し、ボタンを白色に戻してください。
これでデジタル通信の設定は完了です。
デジタルオーディオ系のゲイン調整が最後の作業
ANAN8000DLE、PowerSDRとWSJT-Xを立ち上げ、それぞれの画面で次のようにセットします。
(1) PowerSDRのコンソール画面で:
- モードを 【DIGU】(デジタルモードでアッパー)にセット
- フィルター幅を 【3.0K】にセット
- VAC1 RX Gain を 0 にセット
- VAC1 TX Gain を 0 にセット
- 送信パワー 【Drive】 を 100 セット
(2) WSJT-Xのメイン画面で:
- モードを 【FT8】にセット
- 受信周波数は通常使う周波数にセット
受信デジタルオーディオ系のゲイン調整をします
- WSJT-Xメイン画面左下にある受信レベルバーが 50 ぐらいになるように、PowerSDRコンソールのVAC1 RX Gain バーを調整します。
WSJT-Xの送信オーディオ出力レベルを調整します。
PowseSDRのコンソール画面の【Drive】が 100 の時、SSBモードの送信出力が200Wになるようにオーディオ出力レベルは調整されています。 ⇒「ANAN-8000DLE 送信オーディオ系調整」
送信オーディオラインのレベルは 0dB にしてあるので、デジタルオーディオのレベルを 0dB に調整することで、出力オーディオ系は適正なレベルとなります。
- ANAN-8000DLEのフロントパネルのスタンドバイSWをオンにして、送信オーディオレベルを調整するとき、電波を発射しないようにします。
- PowerSDRのの出力メーターをマイク出力にセットします。 このメーターが 0dB になると、調整は完了です。
- WSJT-Xメイン画面右下にある出力バーを一番下に下げ、出力オーディオレベルをゼロに設定します。
- 送信許可ボタンを押し、ANAN-8000DLEを送信状態にします。 この状態でオーディオ出力を上げても、スタンバイスイッチがオンなので、送信出力系はスタンバイ状態のままで、オーディオ系のみ稼働した状態です。
- WSJT-Xのメイン画面の出力バーを少し上に動かし、マイク出力が 0dB となるように調整します。
- WSJT-Xのメイン画面の出力バーを最大にしても 0dB にならない場合はWSJT-Xのデジタルオーディオ出力が小さいことが考えられます。 PowerSDRメインコンソールの VAC1 TX Gainを 0 から少し上げて対応してください。
このオーディオ出力レベルの調整で変調レベルを適正にして、かつPowerSDRのコンソール画面でDriveバーが 100 の時に定格出力 200W になるように調整で来ました。 SSB運用やCW運用とデジタル通信を切り替えても電波出力は同じになります。
ANAN8000DLEでWSJT-Xを使いデジタル通信
ICOMトランシーバーとANANトランシーバーのいずれも使えるようになったので、さっそくANANで運用してみました。 CAT制御が上手く出来ているので、デジタル運用はWSJT-Xコンソール画面だけで出来てしまいます。 両トランシーバーを比べると受信では大きな違いはありません。 一方送信は相手局から送られてくるレポートで明らかに違いがあります。 200W と 100W の違いがでていますね。 デジタル通信は小電力でも通信できるのが魅力の方式ですからANANを使うときも不必要に大きな出力を避けて運用するつもりです。
IC-7610とANAN8000DLEを切り替えて使うには、WSJT-Xの設定(オーディオ出力、オーディオ入力、CATポート)をそれぞれのトランシーバーに合わせなければなりません。 幸い、WSJT-Xにはコンフィギュレーションタグがあり、そこに複数のファイルを持つことができます。 WSJT-Xの設定はこのコンフィギュレーションファイルに書き込まれていますので、ANAN用とICOM用の2つのコンフィギュレーションファイルを作り、使うトランシーバーに合わせて切り替えます。